考える自由『あたまの鍵』

ニュースでも仕事でも見聞き体験から何かを思うことがある。調べようが調べまいが思ったんだからしょうがないじゃん!

『無理です!』考える前に否定すんじゃねぇ!

今日は『俺』でいく。このほうが俺らしいから。

物事を万事肯定的に捉える俺にとって物事を否定して話を終わらす人間はとても疲れる。そういう話を望んでる訳ではない。俺にとって何かを考えるときに『どうしたらできるのか』『できる可能性はあるのか』ということを考えるのは全ての基本だ。そして『難しいかもな』『現実的に厳しい』と考える事はあっても『絶対無理』という言葉は無い。『できなかった』という結果はあっても『次はできない』という事にはならない。

そんな俺にとって会話開始1秒で『無理!』と答える人間は理解できても凄く疲れる。

無理と答える人間の大半は『お前考えてねぇだろ』と思わせる人物が多い。

俺は何も空を飛べて言っているわけじゃない。そもそも地上1cmでも両足が離れたら空を飛んだともいえるかもしれないのに・・・

無理だと言うけど、何故に無理だと思う理由を言わないのか?長々と話してようやく理由を言う。おそらく長々と話してる間に無理の理由を考えたんだろう。

さらに話を進めるとこんな事がある。

無理さん『こうすれば出来ますが、それは無理です。』

俺『それだ!できるだろ~』

無理さん『だからそれは無理なんです!』

えぇ~。そもそも、無理と思える事をどうやってやるかを話して見たかったんだよ。自分だけで考えてもいいけど、どうやってするのかって考えをしてもらいたくて言ったのに・・・

こっちは相手が点で考えてるのを知っているから、何とか誘導して答えを引き出す。しかし相手は俺が何を考えているのかわからずにいつまでも点で話す。

俺としては話の結果として『出来ない』になるのは構わない。でも一度『出来ない』と結論付けた事も覚えておいてほしいし、チャンスがあればまた考える機会を持ってほしい。

俺が思うに無理と即答する人は思考停止しているという印象もあるのだが、どうも自分の知っている範囲での事例や経験だけで話をしている傾向があるような気がする。

だから、無理とは無理なのではなく『過去に事例が無い』『だれもやったことがない』『できるかわからない』という言葉が本当は一番しっくりくる回答なのだと思う。しかし、無理即答タイプの人は無理を表現する言葉をあまり知らないようだ。

 

一つ断りを入れておくと俺は無理ということが駄目だとは言っていない。例えば過去の事例や経験を元に無理だと言っているのなら、その考えは手堅く失敗が少ない判断であるとも取れる。

 

ただ俺を疲れさせる無理様はifの発想が無いようだ。『もしも・・・』と考えることができたなら無理と一瞬思った事も『できちゃうのか?』と思うこともできるはずなのだ。