考える自由『あたまの鍵』

ニュースでも仕事でも見聞き体験から何かを思うことがある。調べようが調べまいが思ったんだからしょうがないじゃん!パソコンとかメカいじりとか・・・

実力はあってもクラッシャーは出世させてはいけない

クラッシャー上司が進む場所、そこはぺんぺん草も生えない。

いわゆるクラッシャー上司は部下を潰す上司のことだ。

一口にクラッシャー上司といっても、さまざまなタイプがいるが、今回はそんな細かい部分はおいておいてクラッシャー上司を出世させると何が起こるかという事を語ってみたい。

クラッシャー上司の恐ろしいところは、どんなに新しく人を投入してもドンドン潰していくところにある。

と思われがちだと思うのだが、自分の考えではそんなものは氷山の一角だ。

真の恐ろしさは何年、いや下手をすると何十年か先にやってくる。

中長期的に見たい場合、売り上げに関わるセクションならば売り上げは落ちると思う。

どんなに優秀な人材であろうと一人の力では限界がある。極端な話、まったく同じ力をもった優秀な人材が二人いれば売り上げは単純に考えれば二倍になる。

しかし、クラッシャー上司の下では人が育たないどころか人が残らないので一倍以上にはならい。

売り上げに直接関わらない部署だとしても問題はある。母数が少なく専門的であり無くてはならないような部署にクラッシャーが生息していると大変だ。

次世代を担う後継者が皆無という状況がどれほどの恐怖か・・・

後継者がいないことで、日本の職人文化が現在どうなっているかを考えたら、それがどれほどの脅威であるかは容易に想像がつく。

日本特有の伝統文化であるから大きく取りざたされているが、なんてことはない有象無象の会社の中でも似たような事が起きている。伝統文化の現状を対岸の火事だと眺めている場合ではない、火はすでについているのだ。

対処の方法はある。

クラッシャー上司には過ぎたる力を与えないことだ。

タイトルでは出世させるなとしたが、実力があるなら相応に出世はさせるべきだと考えている。

しかし、出世のさせ方や配置を誤れば会社に不利益をもたらす存在に大変身するのだから扱い方は考えろと言いたいのだ。

具体例を挙げるとしたら、母数が大きい部署への配置か、上に人材マネジメントに長けた人間を上司に据えるといった所ですかね。

権力を一極集中させたり、個人的な専門性を奪うというのが基本なところじゃないかなと思います。