考える自由『あたまの鍵』

ニュースでも仕事でも見聞き体験から何かを思うことがある。調べようが調べまいが思ったんだからしょうがないじゃん!パソコンとかメカいじりとか・・・

コミュニケーションと気が利かない

コミュケーションが上手に取れない。

気が利かない人が多い。

年々このフレーズを聞く事が増えている気がしますね。コミュ障なんて言葉もあります。

実感する場合もありますが、

『自分が若いときはどうだったんだろうな?』

『自分も気が利いてるほうじゃないかもな』

とも思うところもあるので自分が若い頃に比べて増えてるかどうかは主観でしかないかも知れません。

自分もそうだったかも知れないし、自分の周りには気づかなかっただけで昔から多かったかも知れません。

まぁちょっとその辺を考えてみたわけです。

本当にコミュニケーション難民は増えてるのか?

いつものごとく何の数字も無い状態で実感だけで考える。

実際主観での話しなんで統計なんて意味が無いかも知れませんがね。

あくまで感情論は抜きにして考えても気が利かないコミュニケーションが不足しているであろう人は増えている気はしますね。

例えばコンビ二で結構見かける風景ですが、店員さんもレジ打ちだけが仕事ではないのでレジの前に居ない時もあります。特に夜は良くありますけど、奥の部屋に引っ込んでいたり、商品を並べてたりしますよね。そういう時は私は『レジお願いします』と声を掛けるのが普通だと思っています。

しかし結構黙って並ぶ人って多いのにビックリします。私はこれ見ていて気持ちよくありません。声を掛けるのに抵抗でもあるのでしょうか?

仕事だと物の置き方などがわかりやすい。例えば書類なら見る人が見やすい用に揃えたり纏めておくとか、何かの商品とかなら見やすい用に置いておくとか色々あると思います。

置き方・並べ方が決まっている場合もありますけど、そこから外れると急に無造作に置く人が増える。例え経験の無い仕事であっても向きを揃えるといった感覚は必要だと思うのですが出来ない人が多いですね。

これは他者への配慮が欠けているのかな?なんて思います。

ただこういった傾向は若い人のほうが顕著ですし、自分が若いときは気が利いてましたよ!なんて言えないのでシッカリと指導してくれる人が居れば大丈夫でしょう。

世の中の便利さが影響してる?

 実はこの部分を書いて見たかったんですが、世の中が便利すぎて言葉を発する機会が少なくなってるというのはコミュ障なんて言葉生まれてしまう状況に影響を及ぼしてるんじゃないかなんて思ったんです。

 ガソリンスタンドはセルフが増えてますし、うどんや食堂もセルフのチェーン店が増えてます。

コンビ二だって専門店じゃないですし一般的な商品が陳列されていので店員にアレコレ聞く人はあまり居ません。

用は会話をしなくても利用できるサービス形態が増えてますよね。世の中の仕組みが積極的にコミュニケーションを排除しているのですからコミュ障なんて言葉生まれるのは自然です。

コミュニケーションを取る機会が少ないのですからコミュニケーション力が上がるわけがないですよね。

コンビ二でたまに見かけるのですが、イヤホンを付けて音楽を聴きながら会計してる人いますよね?店員さんが声を掛けてるのですが気づかない・・・

携帯で話ながら会計している人も居ますよね。

お前はレジだけ打ってろ。話かけるな!』と言ってるのと同じです。

 個人の問題ではあるのですが、これが出来てしまう環境や心理状態を作ってしまう世の中の環境に問題があると思うんですよね。

最後に・・・

なんというか、失礼というか横柄なお客が目に付くと感じたので書いた記事ではありますが、ちゃんとしてる人も居ます。

飲食店で会計後に『ごちそうさま』と言っている人も居ますし。

若くても店員に『ありがとうございます』とお礼を言っている姿も見かけます。

こういった人が再び増えるような環境であれば、仕事でも日常生活の中からもコミュ障なんて言葉は減るんじゃないかなと思いますね。