考える自由『あたまの鍵』

ニュースでも仕事でも見聞き体験から何かを思うことがある。調べようが調べまいが思ったんだからしょうがないじゃん!

『みんな言ってる』なんて何も説得力がない

民主主義な世界では『みんな言ってる』は心強い。

しかし実際は99人が言っていることが正しいとは限らない。結果として1人しか言っていなかった事が正しいという事は普通にある。

より賛同者の多い意見を正とする考えは間違っていないがそれは題材によるものだと思う。

会社に不満があったとして自分の意見の正当性を主張するのに『みんな言ってる』と言う人がいるが物事を肯定的に捉えようとする思考の人間や周りに流されず自分の意見をシッカリ持っている人間にしてみれば何の説得力もない材料だ。

『みんな言ってる』と主張するならば、その部分は客観的に取り入れるべきだと思う。『みんな言ってる』から同じ不満を感じる人間は多いようだという事だ。本来は賛同者が居なくても自分の考えに自身があるならば他人をひっぱりだす必要はない。どんなに破壊的で支離滅裂な主張であっても、その人が思っているならば立派に一つに意見として通用すると思うからだ。

一つの考えとして存在しているのだから否定は出来たとしても可笑しな考えだと笑ったり切り捨てる権利など存在しない。

良く思うことがある自分の主張に『みんな言ってる』を多様する人に出くわした時に、この人は皆が言ってなかったらどうなるんだろうか?と・・・

賛同者が多いから堂々と主張しているが賛同者が見当たらなくても同じように主張するんだろうか?と・・・

要は私としては一般論とか常識的なんて言葉は糞食らえなのである。

とはいえ私も常識的に考える事をしないわけではない。多くの人はどう考えるのだろうか?と考えることも必要だ。それでも自分の考えは大切にしている。たとえ自分だけしか思わないことであっても思っちゃったんだからしょうがない。それを否定することがばかげている。

たぶん『みんな言ってる』と主張する人に疑問を感じちゃうんだね。よくいるでしょ?『みんな言ってる』と自分が代表して言ってるみたいな感じだったり、私はそこまで思ってませんよって雰囲気出す人。そもそも実際のところ『みんな思ってない』かもしれないのに・・・話合わされてるだけだったらどうするんだろうか?

まず個人的な意見として十分に主張して頂き、その上で参考までに同じ考えの人も多いようですと伝わる感じで主張してくれると凄く受け入れやすくなるんですけどね。どうも賛同者が居なかったら考えが変わりそうな人が多くて疑問符が出ることが多い。

確かに自分の考えと同じ考えをもつ人が多いのは心強くはあるが、それはそこまで猛進することでも無い気がします。でも、皆主義の人には『みんな言ってる』は最高の材料であり、『みんな言ってる』に弱い人が居るのも事実じゃないかなと思います。

実は『みんな言ってる』という人は心の中の皆を取り除いて自分の主張を前面に押し出すことが苦手なんじゃないかと思っています。『みんなとにかく、貴方の考えを・・・』といった感じで個人の主張として聞かせてくださいといった感じで話を進めると主導権を握れます。

まぁあれですね。なんにしても『みんな言ってる』 の前に自分の主張をシッカリ持つことが大切だとは思いますね。意味が無いとは言いませんよ。